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再生と生まれ変わり

 20歳から25歳くらいまで腐った人生を送っていた。今考えれば多寡が5年間な訳だけれど、あの頃は仕事やら、付き合う相手やらが決定しつつある人生の中で一番重要そうな5年間をドブに捨てていくのをただただ眺めているしかなくて、たいそう後悔し、何も術が思いつかず、忸怩たる思いだった。

 僕の人生はそのすぐ後に今は僕の妻になっている女性と出会ってから再生した。と思っている。

 彼女がいたおかげで人生が好転して、そこそこの仕事にも就けたし、駄目な稼業から足を洗うことが出来た。彼女は僕にとって青い鳥だった。

 人生の中で一番しんどい時期を共にしてくれた女性と結婚しない手はない訳で、そのまま結婚した。

 そして子供ができて僕は僕の子供の父親として生まれ変わった。僕の父親の子供だった僕は、僕の子供が生まれた時点で死んだ。

 何の変哲もない、そこらのおっさんたる僕ですら、こんなような再生、ある意味での死と生まれ変わりを経験するらしいことが分った。今までは親の気持ちがわからなかったけれど、なんとなく親の気持ちがわかった。同時に子供の気持ちがわからなくなった。もう今後僕は親としての視線でしか世界を見渡すことが出来なくなる。

 

 妻も恐らくそうで、というよりも、恐らく世界の人間のうち、結婚なり、子供ができるなりの経験をしている人はみんなこの手の経験をしているのだと思う。意識するしないは別として。

 結婚、子供の出産は、親族の離別と同じくらいインパクトのあるイベントであるというけれど、よくも悪くもそうかもしれない。

 これが素晴らしい経験だというつもりもなく、というか、それが色んな理由で叶わなかった人達を多く見てる訳で、結婚してないとか、子供がいないのが良くないとも言い切れない。だからといって、子供が生まれて分ることもあるので難しい。いい年して結婚してないし、子供もいない人というのはちょっと雰囲気が違う気がするけれど、それがどう違うとは言い切れないし、いうつもりもない。

 その人の置かれた境遇と洗濯によってはそういう事態は簡単に起こりうる。大体結婚しようと思っていた相手がいつまでも待っていてくれる訳でも、都合良く目の前に現れてくれる訳でもないし、よしんば結婚したからといって子供がちゃんと授かる訳でも、無事生まれる訳でも、健康に発育する訳でもない。

 そうなってしまったのが悪いということは絶対なくて、そうなってしまったのはとても運が悪くて悲しいことだけれど、その立場にいると恐らく経験しないようなことが沢山あって、そういう人達がどういう風に生きて、どういう風に彼らの人生に仕舞いをつけるのか。僕はもうそういう経験を出来る立場ではなくなってしまった。

 

 というようなことを知り合いの女性数人を見ていてつとに思う。

 別に結婚できない肉体的、精神的な致命的な障害がある訳ではなくて、むしろ早くに結婚していてもおかしくないのに、そうなってないのは一体何があったのか。原因はいいとしても、恐らく結婚をした方が彼女達にとっては幸せであろうことが結婚しないでいるのがどういう影響を与えているのか。

 そして、これから先、彼女達が生まれ変わる機会を得るのか。それともそのまま人生を送るのか。たまに見ていて居たたまれない気分になる。結婚してたらいい奥さんになってたのになあ。