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墓場までもって行く話

日常

 子供が生まれたので、親戚に連絡を取ってると、色々とあるもので、子供のいない親戚からお祝いと手紙が届いた。その家に子供がいないのは知っていて、母とその叔父叔母が仲がいいのは知っていたけど、なんで子供がいないのかまでは聞いてなかったし、聞くつもりもなかった。母は何か知っていたかもしれないけれど。

 母にとってはある意味での親代わりでもあり、それでも僕からは割と遠い家ではあった。来し方あった回数といえば片手で数える程度。

 その叔母の手紙というと、子供が出来なかった事情、子供が欲しかったことが書いてあった。誰かに話したかったことなのか、みんなに話してることなのか。僕くらいになら話しても他所に出回らないと踏んだのか。よくわからないけど、たまにこの手の話の聞き手になることがある。物忘れの良さや、人の話に興味がないから話し相手に丁度いいのかもしれない。

 魔が差すとはよくいったもので、魔が差した訳ではないけれど、最近人生の機微に触れることが多く、年を取るというのはこういうことなのかと思う。家庭を持ってからは世の中のことや仕事のことよりもこういった人間の気持ちの方が面白いし、大事なんじゃないかと思ったりする。世界は僕が認識して対峙するには大きすぎる。

 そして、思えばあの人達にとっても倅は初めての曾孫である。倅の曾祖父、曾祖母は彼をどう見ているか。あの世代から彼まで繋がっている何かがあるかもしれないし、ないかもしれない。何をこれから選んでいくのかで割とうちの家風が出てくるのかもしれない。

 思えば子供が生まれてから自分の人生が限りがあると明確に思うようになった。いずれ倅も結婚して、僕にも孫が出来るかもしれず、その頃には両親も祖母も亡くなってる。僕は倅よりは確実に長生きできない訳で、彼がその後の人生をどのような世界を生きていくのか、見てみたいと思う。その反面知らなくていいことなのかもしれないと思ったりもする。