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新入社員に伝える予定のこと

日常

 今年も私の部署に新入社員が来まして、何をいうべきかって、まあ以下のようなことを例年通り言おうかなあと思ってる。去年とか一昨年に比べると大分マイルドになったと自分でも思う。

  1. うちの会社に来てくれてありがとう。あなたが就職試験を受けなかった会社はあなたに選ばれなかった会社です。
  2. 早速だけど、会社を辞めるときの手続き、作法その他。大体新卒で入って数年で半分くらいいなくなる。
  3. 有給休暇の制度について。休みたいときに休む権利があること。ただ、可能な限り仕事の都合を事前につけておいてほしいこと。
  4. 最初のうちは何はなくともメモを取る習慣をつけてほしいこと。記録を取ることはひいては言った言わないの話になったときに自分を守ることになること。
  5. 当面は定時で帰って、会社に来る習慣をつけてほしいこと。

あと追加があれば随時足してこうかな。

半島有事なんていうものがあるのかということ

北朝鮮 中国

 ここ数日北朝鮮が色々と色々なことをしているけど、本当に半島有事なんていうことが起こるのか。起こることはないということについて、昔は日本がアメリカと戦争するメリットはないから日本が戦争に進むことはないだろうと言っていたけど、そうではなかったから、やはり今回も何かあるという人がいるけれど、それはどうも違って、昔のケースではアメリカは日本を仮想敵としていて、第一次世界大戦の末獲得した日本の島嶼部を少しずつ侵食して、いずれフィリピンまで至るべきなんていうことを海兵隊の人が書いていたりして、それはどっちが最初の一発を殴ったかというだけのことである。想定外だったのは山本五十六がフィリピンではなくハワイを叩きにいったことであり、それ以外は概ね彼らの想定の範囲内でことが進んだはずである。何しろ奴らの目的は日本をソ連から引き剥がすことだったんだから、大成功だった。おめでとうございます。ルーズベルトよ世界を返せと言いたい。

 それはそれとして、今の状況といえば、北朝鮮がやきもきしていて、世界の中ではどうも北朝鮮のお守りということになっている中国に対して、なんとかして出来の悪い弟の始末をつけろとアメリカと日本が言っているという状況である。ここでの問題は、

  1. 北朝鮮は何が問題でやきもきしているのか。北朝鮮は核ミサイルと言われているものをチラつかせて何を手に入れたいのか。食料と燃料なのか。それとも武力で国境線を変更しようとしているのか。まあ国境線を変えようとして、実際に変わるのは中国との国境か、ロシアとの国境か、韓国との国境である。そもそもミサイルを日本とかアメリカに打ち込んで何か得られるものがあるかというと、多分ない。
  2. 何か目的があって国外に打って出るとして、北朝鮮が戦いを挑んで分がありそうなところはどこなのか。アメリカ以外の日本、韓国、中国、ロシアに対しては案外局所戦ではうまくやるんじゃないだろうか。
  3. 実はみんな北朝鮮を叩いているように見えるけど、それは実はただの藁人形であって、北朝鮮をうまく制御できない中国を追い詰めようとしているのではないか。
  4. 北朝鮮が飛んで一番困ることは何かというと、北朝鮮のど貧乏な貧民が陸伝いに国内に侵入してくる、いわば貧民風船爆弾であり、EU諸国がシリア問題で受けたアレである。あれはアメリカのEUに対する嫌がらせだと思っている。ちなみにど貧民も行く先は選びたいもので、先進国に行きたがるし、先進国はど貧民の難民が来るのは御免である。そういう意味で今それが一番困るのは韓国と中国ではないだろうか。日本は幸い海で隔てられているから貧民風船爆弾は飛んでこない。
  5. 北朝鮮から核兵器が飛んでくるって、なんのためにイージス艦買ったと思ってるんだ。

こう考えると、北朝鮮が破綻して一番ダメージを受けるのは実は中国と韓国な気がする。ちなみに、一番ダメージを与えやすいのも韓国と中国。だから、韓国も中国もどちらも今は日本よりも大分焦ってるのではないだろうか。

 そういうことで、アメリカが北朝鮮に言いがかりをつけて崩壊させたとして、貧民風船爆弾を中国と韓国にバラまくことができるわけだから、やはりこれは中国に北朝鮮をなんとかしろとプレッシャーをかけつつ、最終的には北朝鮮を壊滅させて中国を韓国もろとも葬り去ろうとしているアメリカの腹黒い企みなのではないかと思う。

 思えば奴らはイラクを潰して石油取引の世界からユーロを退場させて、シリアから東欧を経由して欧州に貧民風船爆弾を撒き散らさせている悪党なのだからこのくらいは考えそうなものだと思う。

日本人らしいチームのあり方

感覚的な話 日常

 10年くらい前から日本人らしさとは何なのかというのをたまに考えている。

 若い時分にあてもなくヨーロッパをフラフラしていて、俺はこっちの食事や住まいや人には馴染めないなあ、日本人なんだなあ、でもじゃあ日本人って何なんだろうと思ったのがきっかけだった。奇しくも自分の以前の上司もたまにそんなことをいっていて、その上司は典型的なあとよろしくで仕事を途中でぶん投げて無茶振りして去っていって、たまに現れて自分の思った通りになってないとブチ切れていくようなともすればパワハラクソ野郎な訳ですが、バカであり、あまりにバカであるためにそれ程憎めないところもあるからあまり目の敵にしていなかったのだけれど、このときにバカはバカなりに考えて生きてるんだなあと妙に感心したり、共感したりした。

 そしてこの上司がチームでの仕事なんていうものはまるで考えてなくて、当時はR&Dの方にいたのだけれど、まるで営業とばかり仲良くしてて、営業のメッセンジャーボーイかお前、っていうかうちのチームって何なんだって思ってた。で、じゃあ、チームプレーが成り立ってる職場ってどういうのなんだろうと思って見渡してみると、何が正解かよくわからない。っていうか、みんな個人のパフォーマンスで課題を解決していく人たちが数十人から入るようにしか見えなかった訳です。

 特に私の同僚なぞは自己顕示欲と上昇志向の強い長州の人間だったからとてもやりづらく、チームで仕事なんて雰囲気ではなく、上司は上司でみんなで協力してやれって言うだけで、言うだけならガキでもできるわ、って言うかお前がそもそも周りの人間と協力してやれ、って言うか、周りの人間に協力してもらえるような円満な人格を形成しろ、もう定年前だから無理だけどなという体たらくだった。ちなみにこの上司もまたパワハラクソ野郎であり、目の前に刃物があれば10回くらいはソフトに刺していたと思う。会社に刃物がなくてよかったと思う。

 そういう一方で、割とヨーロッパの方の人たちというのはみんなで協力してやるというのが得意というか、組織の管理のあり方というのは彼らが考えたものなわけで、じゃあ何でうちの職場でそれが機能していないのだろうと思った。

 

 それはそれとして、攻殻機動隊の実写が出るのだけれど、いつまであれでみんな金を稼ごうとしているのかとも思うけど、試写会の評判は悪くない。というのはまた別の話で、

我々の間にはチームプレーなどという都合のいい言い訳は存在せん。

あるとすればスタンドプレーから生じるチームワークだけだ。

     --- 荒巻公安9課長 SAC 第5話より ---

という名言があって、これを聞いたときああなるほどstand alone complexだなと思って、そこからSAC2の個別の11人にというのはまた別の話で、割と日本人の組織というのはこれが多いなあと思って、当意即妙という感じであった。自分の周りだけかもしれないけど、割と個人個人の能力は高いけど、それを生かして大きな成果を挙げることにはみんな頓着がない。

 これは以前から感じていた、日本の昔からやっているスポーツは相撲とか、剣道とかいう個人でやるものが多く、サッカーみたいな団体でやる競技が強くない。やっぱり日本人は組織になると実は強くないのではないかと何となく思っていたし、実は今も思っている。ではなぜ日本人は組織で戦うのが得意だと感じているかというと、それはまた別の話で、それはただの錯覚であるということと、実は雑兵がまとまって戦う戦いは滅法強いというか、個別個別の戦場では強いということなんだと思っている。

 そういうことで、日本人の特性は何かと考えると、みんながそう思ってないだろうところを挙げると以下の通りである。

  • 割と集団行動が苦手。組織で動くのが得意に見えるのは、同調圧力があるように錯覚しているからみんなで同じことをしようとするからそう見えるだけで、組織だった動きは得意ではない。というか、そんなものは存在しない。
  • 情報や規則をちゃんとまとめて共有したり、その通りに運用するという考えがあまりない。日本人がマニュアル通りの対応しかしないというけど、日本のマニュアルとアメリカのマニュアルではアメリカのマニュアルは日本のマニュアルの数倍の厚さがある。ただ、それを運用する人の資質は日本の方が高いので、なんだかんだ運用でカバー。
  • 割とみんな荒っぽい。和を以って貴しとしないと統治できないレベル。昭和の終わりまで学校では体罰がまかり通っていたし、元寇のモンゴル勢は日本人の夜襲と肝を冷やしたり、戦国時代に東南アジアに散らばった日本人は待遇が悪かったりすると刃向かうから気をつけろとか言われてる記録があるらしい。

こういった人たちでみんなで仕事をしていくときにどういうやり方がいいかというと、やはり荒巻課長のセリフ通りな訳で、実は日本の会社で組織だった動きなんていうのは考えるだけナンセンスで、いっそ思い切って物凄く属人的なマネジメントをして数人に一人いる頭抜けて出来るやつに大幅に権限移譲をさせてやる方が効率がいいんじゃないかと考えている。実はそういう連中が伸び伸びと言いたいこと言って、やりたいことできるようにすることこそ上司の仕事で、チームのメンバーで互いに協力するなんていうことをする必要はないように感じる今日この頃です。

就職活動について

感覚的な話

 そろそろ人を取る立場になってきたので、中の人の立場からの就職活動について書いておこうと思う。

 

 まず、個人的にこれはするべきというか、会社を選ぶときの指針になりそうなもの。

  1. 会社の売り上げは大きければ大きいほどいい。入社してから大きな仕事ができる。大きな仕事ができるということは裁量が大きいということで、取りも直さずクビになりにくく、裁量が小さいことによるストレスが少ないことを意味する。
  2. 会社の事業所や営業所が自分が行ってもいいと思うところにあるか。例えば海外勤務は嫌なのに、赴任先が海外ばかりというのは意味がない。
  3. 給料は高ければ高いほどいい。収入が増えると気づくけど、給料が高いことによる控除とか、補助が結構大きい。だから給料は高ければ高いほどお得。
  4. その会社に入って中の上くらいに行けそうか?下の方だと希望した配属先に行けないし、困ったときに身売りされるような事業部に飛ばされてしまい、その後の人生計画が大きく狂う。
  5. 沿革、社長のお言葉、会社のホームページを見るとしっかりした会社かどうかはなんとなくわかります。製品とか、リクルート情報とか、そんなの見る必要ないです。売り上げ、社員数、所在地、沿革、社長の写真とコメントを見てからでいい。
  6. やりたいこととか、志望する業界なんて上の4項目を満たした会社をリストアップして行けば自ずと決まっていくと思う。会社に入ってする仕事なんて入社前にはわからないんだから人事を目くらましできるくらいに話せればおk。

 

 次に、採用する側として、採用される側と齟齬がありそうな点について。

  1. 前提として、今はどこの会社も本気で人が足りないので、一人でも新しい人に来てほしいと思っていると思います。ただ、ジョブマッチングが非常に効率が悪いように感じます。
  2. 新卒採用と、中途採用は似て非なるものです。中途採用は欧米での就職活動に似ているかもしれないです。新卒採用は、まあ大学の自己推薦入試みたいなもんです。つまりどういうことかというと、目立ったもん勝ちです。目立ち方は色々なので工夫したらいいと思います。
  3. 人を採用するときに、「落とす」という作業はしていません。ただただ、「選んでいく」という作業があるだけです。だから、「落ちた」わけではなくて、「選ばれなかった」訳です。同時にあなたが応募しなかった会社はあなたに「選ばれなかった」ということです。どのように選ぶかというと、セミナーに来てるとか、説明会で質問したとか、人事に個別に問い合わせしたとか、そういうので見ているようです。ちなみに、此の期に及んでも「選ぶ」とは大人の事情で口が裂けても言えないみたいです。
  4. 中の人、つまり、人事の人たちはリクルートとか、そういう会社に採用についてのコンサルティングをしてもらってて、彼らからノウハウを買ったり、採用についてのコンテンツを作ってもらったり、はたまたリクルータの研修を外注したりしています。即ち、採用する側もリクルートとかの就職活動に関する文脈の範疇で動いています。どういうことかというと、奴らは発展途上国の紛争当事国同士に武器を提供する死の商人のようなものだということです。会社の人事は真面目なので、その文脈の中で採用活動に当たります。まあその方が結果効率良く人が取れるということなのだと思います。
  5. エントリーシート、筆記試験、一次面接、二次面接がありますが、一次面接は入社後の上司とか先輩、二次面接は重役と面接になる訳ですが、一次を突破すればほぼ採用です。
  6. 理系の人は絶対に学校推薦を使った方がいいです。
  7. 文系の人は自分探し頑張ってください。でも自己分析なんてしてもやっぱり湯鬱な気分になるだけなので、自分がやりたいととか、なりたいことなんて気にしなくてもいいと思います。自分で言ってもいい会社を選んでいって、それに合わせて志望動機を考えたらいいと思います。
  8. 上記の中途採用と関係しますが、とりあえず新卒で大きい会社入って、そこでちょっとキャリアを積んで、業界とか職種のことがわかったら転職するというのは割とありだと思います。中途採用は学歴、職務履歴で評価されるので、割と欧米型の採用に近いように感じます。それがフィットするという人は最初の数年は日本のクソ雇用環境に耐えて新卒でどっかの会社入ったらいいと思います。

今日も今日とて何書くこともあるわけでもなく

日常

 明日から急な出張で本当に行きたくない気分で、なんでどいつもこいつも明日来いとか平気で言えるんですかね。なんなのバカなの死ぬのと棒読みしたくなる訳です。今更日本のクソ労働環境を嘆いても仕方がないので、この出張を盾に色んなものをブッ千切って全部バカな客が悪いということにしようと思います。

 さて、先日海外出張に行ったときに、ずっと通路側の席だったのですが、寝てるときに限って奥の方の席に座ってる白人の女性に叩き起こされて、トイレに行くからどけとか言われる訳ですが、あいつら本当にもっと申し訳なさを前面に押し出してほしいと思ったり思わなかったりする。それはそれとして、その機中で君の名はとシンゴジラを見て、両方ともここ1年間の邦画の中で出色の出来と言われている訳ですが、君の名は特に良くて、これはもうこれまでの人生の中でさほど沢山は映画は見ていないけれど、一番いい映画だったんじゃないか位の勢いでいい映画でした。ただ、その映画の良さを語る言葉がまだなく、時間もないので、また別のときに。

今更SalyuのAndroid & Human Beingを聞いている

 Salyuを初めて聞いたのは10年くらい前のことだったと思う。そう思うとかれこれ10年以上も音楽でメシを食ってるのだから大したものだと思う。

 ともあれあれは10年くらい前に、大学院生だったときにとある大学の女性の先輩と付き合うんだか付き合わないんだか物凄く曖昧な関係のままだらだらと2年程過ごしていたときのことだった。昔風に言うとすると友達以上恋人未満とかいうやつになるだろうし、今でもこの手の話は男女の間に友情は成立するかみたいな命題として生き残っているけれど、そのときは自分なりに真剣だった。真剣に付き合うか付き合わないか、付き合うとして、告白するべきかとか悩んでいた。

 結婚して子供もいる今となれば児戯に等しいもので、今ではもう何でそんなことで悩む必要があったのかよく分からない。

 で、そのときに、その頃にその女性がSalyuの歌を歌っていて、勧められた。あからさまに薦められた訳ではなくて、仄めかされたのだと思う。昔から人の言うことは字面通りにしか解釈できない人間なのだけれど、きっとそういうことなのだと思う。そういう性質な訳だから何だかよく分からないまま2年ほど戸惑っていたのだと思う。

 結局のところはその女性といると妙に身内に事故が多かったりして、なんかよくないんじゃないかと思っているうちにその女性は別の相手を探していつの間にか結婚していたし、私は私でそうこうしているうちに妻と出会って、それからいく年かして結婚した。その女性とはその後で一回だけ会って、そのときに自分が結婚したことをいうと素っ気なくふーんと言われ、別の人が妻がそれなりにできた妻であるというようなことを言うと、へーと言われた。相変わらず人の言うことを額面通りにしか受け取れないので、特に興味はもたれなかったのだと思っている。ちなみにそう言う発言をした人は私とその女性が付き合いかけてたことは知っていて、何でそんな話をするんだろう、まあ過ぎたことだからいいかと思ってた。

 そういうようなことがあって、それからSalyuを聞き出して、結局今でも聞いている。たまにライブに行くと圧倒的な女性比率にビビるところで、普段はプログレとテクノを聴いていた境遇からするとそのライブの様子は圧巻とかいいようがないくらい拗らせがちな女性であふれていた。ライブハウスなんかでは痴漢に間違われないのに必死である。

 そんなことはどうでもよくて、Salyuというのは歌謡曲とかポップスとかの歌手にありがちな歌に思いを込め過ぎたり、解釈が凝っていたりとかいった外連味のない素直に歌う人でこの一点を以って日本のポップスの中の白眉と言える。歌の上手い人はそれはそれは沢山いるけれど、そういう素直な歌い方のできる人というのはそれほどいないと思う。それはよく引き合いに出される歌声があるからこそなせる業なのか。

 聴き始めたのは彗星からで、その後発表されるアルバムではそれぞれに代表的と思われる楽曲がある。例えばMAIDEN VOYAGEはLIBERTYのためにあるような気がするアルバムだし、PHOTOGENICには震災からの再生の意味の込められた悲しみを超える色がある。

 それに対して今聞いているというか、最近買ったAndorid & Human B

 

Android & Human Being 初回盤 (2CD)

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eingは割と全部好きな感じで、また新しいフェーズに入ったのを感じる。

脳が壊れたを読んだ

家族 感覚的な話 日常

 父方の祖父は脳溢血で亡くなって、母方の祖父は多分くも膜下出血で若いときに亡くなって、伯父も脳出血で亡くなって、上の伯父も脳梗塞で若いときに倒れた。だから自分も人生の多分どこかでそんなような脳に障害が出るような症状が出るのだと思ってる。

 

 鈴木大介の「脳が壊れた」を読んだ。

 この人の原作の漫画が好きで、よく読んでいたけど、ある時期休んでたのはこれが原因だったのか。脳梗塞になるとこういう風になるというのがよくわかる。脳梗塞の後遺症で障害が出て、その後の人生が変わるわけだけれど、そこでそれまでの人生の死と、その後の人生の再生が書かれていて、障害を受け入れるというのはそういうことかと思う。

 障害のある人生というのが元々なかった人からはこう見えるというのはみにつまされる話でもあるし、自分がそういう立場になるときもある。人間誰しも何かしらの発達に関する障害があるものだと思う。

 途中から話は夫婦の話になる。ように見える。

 人間誰かに頼らないと生きていけないもので、ありふれたことだけれどこれを理解するのに私は26年かかった。では頼れる人がいない人はどうなるのかというと、よく分からない。妻がいなかったら、多分今生きていない。あるいは生きているかもしれないけれど、きちんとした人間としては生きていないのではないかと思う。

 

 最後の筆者の奥さんの話というのがとても参考になる話で、脳梗塞になると他人からはこう見えるという話は、実はあまり聞かない。母は祖父が倒れたときに大きなため息をついて昼寝してしまったと言っていたけれど、それも母が子供のときの話である。

 臨むらくは自分が倒れたときに妻がうろたえないように読んでおいてもらおうと思う。

 

脳が壊れた (新潮新書)

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